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くだもの屋の絵本:今日もぶどうを眺めている
実りの森のグレンの新しいお話で、ぶどうを題材にした物語を作りました。
正直に言うと、今回も最初から深いテーマを考えていたわけではありません。
いつも通りです。
まず果物を決める。
調べる。
そして物語を考える。
実りの森のグレンは、いつもそんな順番で生まれています。
ぶどうを見ていて最初に面白いと思ったのは、
「一つの実なのに、たくさん集まっていること」
でした。
桃は一つ。
梨も一つ。
メロンも一つ。
でもぶどうは違います。
一つの房の中に、たくさんの実が集まっています。
果物屋として毎日見ている光景なのに、改めて考えると不思議でした。
どうしてこんな形をしているんだろう。
そんな疑問から今回の物語が始まりました。
絵本の中でミスター・ポムは、
「春から夏まで、ゆっくり時間をかけて育つんだよ」
と話します。
ところがグレンは、その時間にはあまり興味を示しません。
グレンが反応したのは、
ぶどうの房そのものです。
「ほんとだ!なんだかおもしろいね」
グレンが見ていたのは、
一つなのに、たくさんある。
その不思議な形でした。
そして後になって気付きました。
それはグレンの反応というより、たぶん私自身の反応だったのです。
私は昔から、
「すごい」
よりも
「おもしろい」
に反応する人間でした。
果物もそう。
バドミントンもそう。
人もそうです。
何か新しいものを見つけた時、
「それで何ができるんだろう」
より先に、
「なんだそれ、面白いな」
と思うことが多いのです。
実りの森のグレンも、そんな好奇心から生まれています。
物語の最後でグレンはこう言います。
「いっぱいあるから みんなでたべられるね」
この言葉も、作っている時は特別な意味を考えていたわけではありません。
でも後から読み返してみると、とても自分らしい言葉でした。
私は果物が好きです。
でも本当に好きなのは、果物そのものではないのかもしれません。
果物を囲む時間。
誰かと一緒に食べる時間。
その時間が好きなのだと思います。
スイカもそう。
さくらんぼもそう。
ぶどうもそう。
果物には不思議と「分ける文化」があります。
一人で食べても美味しい。
でも誰かと食べると、少しだけ楽しい。
果物には、人と人をつなぐ力があるように感じます。
実りの森のグレンで最後にみんなが果物を食べているのも、きっとそのためなのだと思います。
考えてみると、橋本フルーツも少し似ています。
果物屋から始まったはずなのに、
ギフトがあり、
法人事業があり、
ECがあり、
オードブルがあり、
そしてグレンがあります。
まるでぶどうの房のようです。
一つの軸から、たくさんの実が生まれている。
そして、それぞれ違う誰かのもとへ届いています。
ぶどうを描きながら、そんなことを考えていたわけではありません。
ただ、
「一つなのにいっぱいある」
という事実が面白かっただけです。
でも物語というのは不思議なもので、作り終わった後に自分自身の考え方が見えてくることがあります。
今回のぶどうの物語もそうでした。
もしかしたら豊かさというのは、
たくさん持つことではなく、
たくさん分けられることなのかもしれません。
そんなことを考えながら、
今日もぶどうを眺めています。
くだもの屋時々絵本作家
最近、ふと思ったことがある。
俺は果物屋だ。
これは間違いない。
毎日果物を仕入れて、並べて、販売している。
でも最近、自分のスマホを見ると少し不思議なことになっている。
果物の写真よりも、実りの森のグレンの画像の方が多い。
売上のことを考えている時間よりも、
グレンが次に何を見つけるのか考えている時間の方が長い気がする。
これは一体どういうことなんだろう。
少し前までの俺は、絵本なんて作ったこともなかった。
絵本作家になりたいと思ったこともない。
それなのに気付けば「実りの森のグレン」を作っている。
果物屋なのに絵本を作る。
冷静に考えると少し不思議だ。
でも最近思う。
グレンは突然生まれたわけじゃない。
ずっと前から自分の中にあったものが、たまたま絵本という形になっただけなのかもしれない。
俺は昔から、大人に対して思うことがあった。
「見えていないな」
ということだ。
子供の頃の俺は、橋本家の末っ子長男だった。
頼りない。
甘やかされている。
周りからはそんな風に見えていたと思う。
でも学校では三年間学級委員をやった。
バドミントン部の部長もやった。
顧問不在の中で関東大会にも出た。
だから余計に思っていた。
人は案外見えていない。
見えているつもりになっているだけなんだなと。
親父が亡くなった時もそうだった。
色々な言葉を掛けられた。
その中には、
「お前には無理だ」
という言葉もあった。
今なら分かる。
悪気があったわけじゃない。
ただ見えていなかっただけなんだと思う。
だから俺は昔から共感より理解を求める。
共感できなくてもいい。
でも理解しようとしてほしい。
そんなことをずっと思っていた。
この一年、ある中学生を指導させてもらった。
本人は一生懸命頑張っている。
周りも応援している。
それでも結果が出ない。
でも俺には見えていた。
少しずつ変わっていることが。
本人も気付いていない成長があることが。
技術ではなく、体の使い方。
考え方。
見えない部分が少しずつ変わっていた。
そしてある時から、教えた覚えのないことまで出来るようになっていた。
指導しているつもりだった。
でも振り返ると、学ばせてもらったことの方が多かった気がする。
俺は誰かを育てたとは思っていない。
種を渡して、水をあげただけだ。
芽を出したのは本人だ。
ただ、もしその芽が枯れそうになったり、誰かに摘まれそうになったりしたら、その時は全力で守ると思う。
グレンも同じなのかもしれない。
果物の話を書いているようで、本当は種の話を書いている。
まだ見えていない可能性の話を書いている。
誰の中にも種はある。
でもその種は外からは見えない。
本人ですら気付いていないこともある。
だから俺は子供の成長を見るのが好きなんだと思う。
結果じゃない。
変化の途中を見るのが好きなんだ。
そして多分、この一年がなかったらグレンは生まれていなかった。
指導させてもらったつもりだった。
でも本当は、俺の方が学ばせてもらっていたのかもしれない。
果物屋なのに絵本を作っている理由は、今でもよく分からない。
ただ一つ分かることがある。
グレンは俺が作った物語ではあるけれど、俺一人では生まれなかった。
家族との時間。
果物屋として出会った人たち。
子供たちとの時間。
そして様々な出会い。
そういうものが少しずつ積み重なって生まれてきた物語なんだと思う。
だからしばらくは、
くだもの屋時々絵本作家でいようと思う。
主人公・グレンのモデルのお話
絵本制作を続ける中で、作者自身が不思議に思っていたことがありました。
実りの森のグレンに登場するキャラクターたちには、ほとんどモデルになった人がいます。
ターゴさんにも。
ミッツにも。
カナンにも。
カーヤにも。
では、肝心の主人公グレンはどうなのだろう。
物語の中心人物であるはずなのに、なぜかモデルが思い浮かびませんでした。
ところが最近になって、その答えが見えてきたのです。
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【一年ほど前に出会った一人の中学生】
私は地元で子どもたちにバドミントンを教えるお手伝いをしています。
「指導」と言うと少し立派に聞こえますが、私自身はあまりそう感じていません。
一年ほど前から、ある中学生の女の子を見る機会がありました。
本人はとても真面目に練習していました。
周囲も応援していました。
それでも、なかなか思うような結果が出ませんでした。
しかしよく観察してみると、少しだけ体の使い方に癖がありました。
実は私自身も以前、同じことで悩んでいた経験があります。
だから改善の方法を知っていました。
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【与えたのは技術ではなく気付き】
私が教えたのは特別な技術ではありません。
根本的な体の使い方についての小さな気付きでした。
すると不思議なことが起きました。
体の使い方が変わると、それに合わせるように技術も伸び始めたのです。
教えた覚えのないことまで、自分でできるようになっていました。
私はその時、改めて思いました。
人は答えを与えられて成長するのではなく、気付きをきっかけに成長するのだと。
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【ふしぎのたねの正体】
実りの森のグレンには「ふしぎのたね」が登場します。
それは知識の種でもあります。
しかし本当に描きたかったのは、気付きの種だったのかもしれません。
ミスター・ポムは答えを教える先生ではありません。
小さな種を渡す人です。
そしてグレンは、その種を素直に受け取ります。
疑問を持つ。
話を聞く。
試してみる。
そして気付く。
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【グレンのモデルが見えた瞬間】
その時、ふと思いました。
グレンは彼女に似ている。
素直に話を聞く。
素直に試してみる。
分からないことをそのまま質問する。
そして静かに成長していく。
思い返してみると、グレンの姿勢はまさに彼女そのものでした。
私は一年間、その成長を見続けていました。
そして気付かないうちに、その姿を主人公として描いていたようです。
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【グレンの素直さの正体】
実りの森のグレンの物語では、グレンはいつも疑問から始まります。
果物を見つける。
不思議に思う。
ミスター・ポムに聞く。
素直に受け取る。
そして自分なりの気付きを見つける。
その姿勢こそがグレンの魅力なのだと思います。
そして、その素直さは私が作ったものではありません。
私が出会った一人の子どもから受け取ったものだったのです。
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【まとめ】
長い間、私はグレンのモデルが誰なのか分かりませんでした。
しかし今振り返ると、その答えは意外なほど近くにありました。
グレンは特別な誰かではありません。
疑問を持ち、学び、成長していく子どもたちの姿そのものだったのです。
そして、その中でも特に強く私の心に残っていた一人の姿が、いつの間にかグレンになっていました。
絵本を作りながら、作者自身が主人公の正体に気付く。
それもまた、ひとつの「ふしぎのたね」だったのかもしれません。
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実りの森のグレン かくれんぼのたね|びわの葉っぱから生まれた物語
このお話のきっかけは、とても小さな発見でした。
店に届いたびわの箱を開けた時、大きな葉っぱが一緒に入っていたのです。
果実よりも目を引くほど立派な葉っぱ。
私はふと疑問に思いました。
「どうしてびわには、こんなに大きな葉っぱが付いているんだろう?」
今回の物語は、そんな素朴な疑問から始まりました。
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【びわの葉っぱが教えてくれたこと】
調べてみると、びわの葉には果実を強い日差しや雨から守る役割があることを知りました。
その話を聞いた時に思い浮かんだのは、葉っぱの下に隠れる小さなびわの実でした。
大きな葉っぱに守られながら育つ姿は、まるでかくれんぼをしているようにも見えます。
その瞬間、
「もしグレンがこの葉っぱを見つけたら、どんなことを思うだろう?」
そんな想像が始まりました。
そして「かくれんぼのたね」の物語が生まれたのです。
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【原点に戻るような物語】
今回の物語はとてもシンプルです。
グレンが葉っぱを見つける。
ミスター・ポムに会う。
びわの不思議を知る。
そして一緒にびわを食べる。
それだけです。
最近の実りの森のグレンでは、少しずつ登場人物も増えてきました。
『ありがとうのたね』
『ごめんねのたね』
『ターゴさんのスイカ』
物語の世界も少しずつ広がっています。
だからこそ今回は、原点に戻るような作品を作りたいと思いました。
グレンと果物。
ミスター・ポムとふしぎのたね。
実りの森のグレンの最も基本的な形です。
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【季節の果物を追いかける物語】
実は、この作品は当初予定していた公開順ではありませんでした。
先に完成していた物語もありました。
それでも、びわの物語を先に公開したかった理由があります。
それは旬です。
びわは一年中見かける果物ではありません。
限られた時期にしか出会えない季節の果物です。
実りの森のグレンは絵本作品であると同時に、季節の果物を追いかける物語でもあります。
だから今回も、
「果物が先。物語は後。」
という実りの森のグレンらしい作り方になりました。
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【おいしいふしぎみつけたよ】
物語の最後で、グレンはこう言います。
「おいしい ふしぎ みつけたよ」
私はこの言葉がとても気に入っています。
びわの味のこと。
葉っぱのこと。
かくれんぼのこと。
ふしぎのたねのこと。
そのすべてが、この一言に詰まっているように思えるからです。
果物を調べていると、知らなかったことがたくさん見つかります。
花言葉。
歴史。
文化。
育ち方。
香り。
形。
葉っぱ。
果物は食べるだけではなく、たくさんの不思議を持っています。
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【まとめ】
「かくれんぼのたね」は、びわの葉っぱから生まれた物語です。
大きな葉っぱに守られながら育つびわの実。
その姿を見て、グレンのかくれんぼが始まりました。
実りの森のグレンは、果物の中に隠れている小さな不思議を探す物語でもあります。
そして今回もまた、一つの果物との出会いが、一つの物語を生み出してくれました。
これからも実りの森のグレンは、季節の果物の中に隠れている「おいしいふしぎ」を探し続けていきます。
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実りの森のグレン「ごめんねのたね」|私が出会った人たちの物語
「ごめんねのたね」は、スイカをテーマにした物語です。
実りの森のグレンでは、毎回果物から物語が始まります。
今回も最初にあったのはスイカでした。
しかし、この物語を振り返った時に強く感じたのは、果物とは別のことでした。
それは、
「この物語は誰の物語だったのだろう」
ということです。
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【実りの森のキャラクターにはモデルがいる】
実りの森のグレンに登場するキャラクターたちには、実在のモデルになった人がいます。
もちろん、そのまま描いているわけではありません。
いくつかの出来事や印象、言葉や考え方が混ざり合い、一人のキャラクターとして形になっています。
ミスター・ポム。
ターゴさん。
ミッツ。
カナン。
カーヤ。
そして、これから登場するキャラクターたちも同じです。
実際に出会った人たちとの時間や記憶が、少しずつ物語の中へ溶け込んでいます。
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【果物の物語であり、人の物語でもある】
私は以前、
「実りの森で育っているのは果物だけではない」
という話を書きました。
実りとは豊かさです。
そして豊かさは、お金や物だけではありません。
誰かと果物を囲む時間。
誰かの顔を思い出せること。
一緒に笑った記憶があること。
困った時に助けてくれる人がいること。
面白い人たちが周りにいてくれること。
そういうものもまた、人の人生を豊かにしてくれるものだと思っています。
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【ごめんねのたねが教えてくれたこと】
この物語を書きながら感じたのは、人は誰かとの関わりの中で成長していくということでした。
自分一人では気付けないことがあります。
自分一人では生まれない感情があります。
そして時には、
「ごめんね」
という言葉が心の中に種をまくこともあります。
実りの森のグレンに登場するキャラクターたちは、それぞれが誰かの成長のきっかけになっています。
それは物語の中だけではなく、私自身の人生でも同じでした。
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【実りの森にこれからも人が増えていく理由】
実りの森のグレンには、これからも新しいキャラクターが登場します。
まだ名前も出ていない人たちもいます。
果物が増えるように。
季節が巡るように。
少しずつ森は広がっていきます。
そしてそのたびに、新しい出会いや新しい実りが生まれていくのだと思います。
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【まとめ】
「ごめんねのたね」はスイカのお話です。
しかし、この物語を書きながら私が考えていたのは、人との出会いについてでした。
ミスター・ポムも。
ターゴさんも。
ミッツも。
これから登場する仲間たちも。
みんな誰かとの出会いの中から生まれています。
実りの森のグレンは、果物の絵本です。
けれど同時に、私が出会った素敵な人たちを残していく物語でもあります。
もしかすると実りの森とは、果物が実る場所ではなく、人とのつながりが実る場所なのかもしれません。
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